物質の起源や宇宙の成り立ちを解明するのが素粒子物理学です。これまでの研究から、宇宙のあらゆる物質やそこでの既知の現象は、物質を構成する粒子、力を伝える粒子、質量の起源を与える粒子(ヒッグス粒子)によってほぼ説明できることがわかっています。一方で、宇宙の大半を占めると言われている暗黒物質・暗黒エネルギーはまだ見つかっていません。また、宇宙では物質と反物質のバランスが極端に崩れており、その原因究明は未解決の課題です。
素粒子よりも大きなスケールでの原子核反応にも、未だ解明されていない反応があります。その一つとして、固体内での化学反応から期待される反応熱を超える熱生成現象があります。このような反応は未知の核反応が関わっていると推測されているのですが、どのようなメカニズムで反応が生じているのかについては、現在のところ確立された理論も、検証のために十分な再現性が確認された実験・測定系もありません。
これら課題の解決に向けて、岩手大学の素粒子物理学実験および固体内核反応実験グループ(成田・細川研究室)では、主に以下の4テーマについて研究開発を行っています。
国際リニアコライダー(ILC)実験や将来型円形加速器(FCC-ee)実験といった将来のヒッグス粒子大量生成実験(ヒッグスファクトリー)での使用が検討されている検出器の一つに、時間射影型3次元飛跡検出器 (Time Projection Chamber; TPC)と呼ばれる検出器があります。我々は、TPCの信号検出部分に用いるGas Electron Multiplier (GEM)と呼ばれるガス増幅器の開発を行っています。また、実寸大の検出器をコンピュータ上で再現したシミュレーションにより、TPC自体の性能・特性の評価や、ヒッグスファクトリーでの大量生成が期待される「ヒッグス粒子」と呼ばれる素粒子の測定能力評価も進めています。
GEMの表面拡大写真
出典:Nucl.Instrum.Meth.A 805 (2016) 2-24
GEMの試験用セットアップ
ニュートリノと呼ばれる素粒子は、物質とほとんど相互作用をしないために検出・測定が極めて難しく、その性質には未解明な点が多く残されています。
ニュートリノを捉えてその性質を解明するために、液体アルゴンTPC (LAr-TPC)と呼ばれる検出器がその高い測定能力のために注目されています。現在米国ではLAr-TPCを用いた次世代ニュートリノ測定実験(Deep Underground Neutrino Experiment; DUNE)が進められており、宇宙における物質と反物質のアンバランスの謎や宇宙のありとあらゆる反応の起源(統一された力)の解明を目指しています。我々はそのプロジェクトに参画し、信号読み出しに用いるエレクトロニクスの開発を、国内外の研究者と協力して行っています。
30LサイズLAr-TPC試験
LAr-TPC用読み出しボード
ミューオンと呼ばれる素粒子には磁石のような性質があり、磁場中で独楽のように歳差運動をします。この歳差運動周期を測ることで磁気モーメントや磁気回転比といった量を特徴づけるパラメータを測定することができるのですが、幾つかの実験ではこれらの値が理論的な予測から大きくズレている可能性が指摘されています。このズレはもしかすると現在の素粒子物理学の標準的な理論を超えた物理現象の兆候かもしれないため、さらなる調査が期待されています。現在、ミューオン性質の詳細な調査のために、茨城県東海村にあるJ-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)では、ミューオンの超精密測定実験が計画されています。我々はこの実験に参画し、ビーム制御電磁コイル用大電力パルス電源の新規開発を推進しています。
ミューオンビーム蓄積・検出部
開発中の電源試験機
金属などの固体凝縮系での水素の吸収・拡散・放出といった過程で、既知の化学反応から予想される熱生成を超過した熱量(過剰熱)が発生する現象が複数報告されています。独立した報告が複数あり、いくつかは追試成功も認められていることから過剰熱生成現象の存在自体は確実視されており、また、このような反応は未知の核反応によるという仮定の下、複数の理論的モデルも提唱されています。しかしながら現在までに十分な再現性が担保された実験系は確立されておらず、このために理論モデルの検証も困難を極めています。我々は、この過剰熱生成反応を十分な再現性で検証可能な手法の確立を目指して独自に実験系を構築し、研究を行っています。
※素粒子:物質を構成したり、力を伝えたりする根源的粒子